2020.8.12
今日は昼からお坊さんが来る以外の予定はないはず。しかしお寺の行事に熱心な義母はだいぶ早く来るだろう。
午前中はゆっくりアマゾンプライムの動画を楽しもうと目論んでいたが、11時前に予想を裏切らずに義母登場。
興奮する娘たち。
ああ、今日も長い一日の予感。
早く昼寝がしたい。
早く帰らないかな〜と思ってしまう。
義母は愛情深く、根気強く丁寧に生きる人でとても頼りがいのある存在だ。
それと同時に、全てを自分の意思で動くために自分のやり方や考え方に強い自信を持っていて時々とても上から目線な物言いをすることがある。
人生でも母としても先を行く義母に対して、そして血縁関係もない義母に対して私は不満を持ってもいつも強く言い返すことはしない。できない。
義母が家に来ると、母親の役割を奪われてしまうような気持ちになる時がよくある。
義母からすれば悪意も嫌味でもないはずだけれど、私はどうしても自分のやり方を否定されているようなネガティブな感情を持ってしまう。
実母は愛情を伝えることが苦手な人で、もっと構ってほしいと不満を持っていたが、義母のようになんでも自分を上回って返す言葉もない人もツライ。
なんて、母親歴たった数年の自分が悪態垂れはじめるともう戻れない。
結局、お坊さんが帰宅した後も庭の草むしりやお墓参りまで子どもたちと出掛けてくれて、お風呂まで一緒に入って帰っていった。
夜ご飯はどうにか免れることができた。買い物行けてないからな〜とか、そんな苦しい言い訳で娘たちからは非難轟々だったけど。
夜、子どもたちが寝た後に夫がキッチンの窓辺で飼育している金魚の水槽の水を替えていた。
我が家の金魚(ソノちゃん、ララミちゃん)はかなり大きく成長し、ソノちゃんは約20センチくらいはありそうだ。
この2匹が水替え時にバシャバシャと跳ねて夫を手こずらせていた。
水槽の左隣のデッドスペースには空きの牛乳パックがかなり溜まっていた。
普段はこの牛乳パックは子どもたちが工作で作るように解体せずに乾かして幼稚園に持って行っているのだが、それが夏休み中で溜まりに溜まっていたのだ。
私はそれを放置し続けていた。
夫の手から逃げ惑うソノちゃんが大きなしぶきを上げて飛び跳ねた時、夫はここぞとばかりに捕まえる格好を取ったが溜まった牛乳パックが邪魔だったようで乱暴に牛乳パックを投げて奥へやる。
その拍子に下に落ちた牛乳パックが食洗機の中のどんぶり茶碗にヒットし茶碗が割れた。
夫が「クソッ」と呟いた。
その瞬間、私の心がまたもやギュッと苦しくなって腹が立つ。
牛乳パックが溜まってることも、金魚の水替えをいつも夫に任せてしまっていることも、食洗機のどんぶり茶碗を不安定な場所に置いていたのも全部わたしだ。全部わたしのせいだ。
昼間の義母の言葉や言い方がリフレインする。
義母も夫も私のやることすべてが気に入っていない。嫌いなんだ。
「私がこの家に来たことが間違いだった。みんな私のことが気に入らないんでしょ。」
嫌な言葉がどんどん出てくる。実際に言葉にすると本当に自分がそう思っていたのだと腑に落ちてとても悲しかった。
今日の義母に対する感情も、子どもたちへ強く当たってしまったこともさっきの夫への言葉も、どれも今日来た生理のせいだけにはしたくないけど、私は自分でどうしようもできないくらいに今日は感情のコントロールができない。
久しぶりだ。苦しい。
嫌な自分だ。