2020.7.10
次女が幼稚園のキャンプで一泊二日で海に出かけた。
幼稚園から海までの送迎はレンタカーでマイクロバスを借りて、みんなで乗り合って行くのだ。
数日前からソワソワと楽しみにしていたテンションが、バスに乗り込んだ顔を見るだけですでに最高潮に達していることが分かる。
「いってきま~~~~す!」と手を大きくブンブンと振る子供達を送る。
天気は微妙で雨も降りそうだけれど、それでもきっと子供達は目一杯楽しむだろう。
眩しい存在が一人いない我が家はしばし静かになる。
今回の海キャンプの宿泊先は海に近いゲストハウス。
偶然にも小、中学校の同級生だったKちゃん夫婦が営んでいた。
私は海キャンプの要項が出た時から気づいていたし、私よりもKちゃんの現在について詳しい幼馴染のまいちゃんにも確認を取っていた。
そこまで正確に把握していたのに、そのことをスタッフに告げることをなんとなく避けていた。
Kちゃんとはそれほど親しかったわけでもないし、中学卒業後に一度も会っていない。
その程度の仲で「同級生で~す」なんて言えなかったし、Kちゃんも私のことを覚えているかは分からないし。
私は臆病なのだ。
けれど、偶然というものに必要以上に物語性を見出してしまう。
Kちゃんが私のことをどこまで覚えているかは分からないけれど、私はKちゃんのことをいくつか覚えている。
八重歯が可愛い、明るい女の子だった。
色白で、小柄で、運動神経が良くて、男女から人気があって、中学の時は先生に反抗的な態度を取ったりもしていたけれど、それでも仲の良い先生もいる。
健全で、卑屈さや陰気さの欠片もないような、私とは違う世界の人だった。
記憶が確かならば、小学生の頃に私と同じ男の子を好きだったことがあった。
そして、自惚れでなければその男の子は私のことが好きだった。
ある日男の子は私の靴箱に手紙を入れたらしい。
「土曜日にサッカーの試合があるから見に来てね」と書いてあったらしい。
けれど私はその手紙を読むことはなかった。
誰かがその手紙を見つけて捨てたと、また違う誰かから聞いた。
Kちゃんだ、と私は思った。そう思ってしまった。
「なんでお前、土曜こなかったの?アイツ待ってたみたいだよ」
とクラスメイトのTが言った。
何人かの女の子が笑っている気がした。
その後中3まで彼を想い続けた、幼い私の大恋愛の酸っぱい思い出。
あの時サッカーの試合を見に行けたら、私は中3まで叶わぬ恋心を煮えたぎらせることはなかったかもしれない。
大げさに言えば、違う未来があったかもしれない。
Kちゃんのことを思い出せば、いつもうまく立ち回れなかった幼い自分のことを思い出す。
そして今、Kちゃんは海の近くのゲストハウスの女将さんなのだ。
中学卒業後からの彼女の人生を知らないけれど、とてもKちゃんらしい場所にたどり着いたような気がした。
やっぱり人が好きだったんだ。
夢に向かって行動し、やりたいことができる自分を探し続けたんだ。
こういう人が夢を叶えるんだなと思った。
卑屈な気持ちにはならなかった。
Kちゃんのその後の人生を今私が知れたことは、やはり必然的だったのだと思っていた。
海キャンプの前日、園に忘れたゴーグルを取りに行ったらスタッフたちが来年度の入園者説明会で揃っていた。
「いよいよキャンプ、明日ですね。よろしくお願いしますね」
と声をかけて帰ろうとも思ったが、私はついに口にした。
「お世話になるゲストハウスの女将さん、私の小、中の同級生なんです」
スタッフたちはみんな驚き、「そんな偶然ってあるんだねえ」とか、「子供達並べて、誰が石田さんの子供でしょうゲームとかやる?」とか盛り上がった。
「小さい頃からとても明るい子だったから、ゲストハウスの女将さんって聞いてすごくしっくりきました。よろしくお伝えください」
そうスタッフに伝えて、気持ちがとても楽になった。
子供達は行きと同じマイクロバスに乗って、元気に楽しげに帰ってきた。
「海めっちゃ楽しかった!」
「生きてる貝がたくさんいて、ピョコピョコ顔を出すのをつかまえたんだよ!」
「お風呂が大きくって楽しかった」
「スイカ割りもしたよー」
「泊まったおうちの子供が優しかった!ご飯もおいしかった~」
たくさん素敵な思い出をKちゃんの懐でさせてもらったのだ、と思ったら感慨深かった。
「女将さん、石田さんのこと覚えてましたよ」
とスタッフが笑顔で教えてくれた。
「次女ちゃんを見て、顔が一緒だ~!って言ってましたよ。」とも。
照れくさい。嬉しい。伝えてよかった。
小学生の頃から始まり、時を経て思いもよらない方向に進む物語。
今度は海キャンプのお礼を兼ねて、家族で泊まりに行きたいと思う。
昔の思い出をそっと胸に、今の私とKちゃんで会いたい。